補綴治療の方法にはいくつかの種類があります。一般的に知られている歯がない状態に対する治療として、インプラント、入れ歯、ブリッジなどが挙げられます。しかし、場合によって、治療しないという選択肢も存在します。
歯の欠損がある患者にとって「良い補綴治療」とは一体何でしょうか。馬場先生は、優れた補綴治療を提供するための2つの重要なポイントについて以下のように語っています。
①患者のニーズと期待
歯の欠損に対しては一般に、インプラント、入れ歯、ブリッジのいずれかが適応となりますが、いずれの治療を選ぶかを決める上で重要なのは、患者さんがどのようなニーズを持たれているかということです。
患者さんのニーズを決める要因は主に二つあります。まず一つ目は、患者さんが払えるお金や使える時間、侵襲性の高い治療を受け入れることができるのか、すなわち経済的・社会的・心理的なバックグラウンドです。もう一つは、患者さんの期待です。例えば、見た目を良くしたいのか、食事を快適に食べたいのか、違和感が少ない治療が良いのかなどです。
患者さんが遠慮せず、ご自分のニーズをはっきりと伝えることが大切です。どのような治療であれば受け入れることができて、どのような結果を求めているかによって、患者さんにとっての最適な治療法は異なります。
例えば、インプラントを選ぶ理由として、「歯と同じように噛みたい」というニーズがあるとします。しかし、インプラント治療には手術が必要であり、費用もかかるため、それを受け入れることができなければ適用は難しいです。その場合はブリッジか入れ歯を選択肢として考慮する必要があります。患者さんのご希望をうまく折り合わせた治療が最も良い治療と言えます。
②シンプルな治療
もう一つの視点として、できるだけシンプルな治療が良いと考えています。
一般に侵襲性が少ない治療の方がシンプルです。治療に際して健全な歯を削らないようにすることは重要です。もちろん、削らなければならない場合もありますが、治療の手順がシンプルでかつ侵襲性の少ない治療の方が良い結果をもたらします。
患者さんの立場から見ても、治療効果に大きな違いがなければ、単純で分かりやすく侵襲が少なく、できれば治療コストも低い治療法が良いですよね。
もちろん、治療しなくても問題ないケースもありますが、それは稀です。例えば、下顎の7番(一番奥)の歯が欠損している場合、一般的には治療しなくても良いと考えられています。
ほとんどの場合、歯の欠損に対する補綴歯科治療を行わないと、悪い影響が出る可能性があります。例えば:
①歯の挺出・傾斜・移動
欠損した歯を放置すると、しばしば挺出という現象が起こります。挺出とは、欠損した歯のスペースに向かって反対の歯が出てくる(伸びてくる)ことを指します。また欠損した歯の隣の歯も空いたスペース方向に移動したり傾斜する傾向があります。
②歯並びの悪化
上記のように歯の欠損によって残った歯の位置が変化すると歯並びが悪くなってしまいます。歯並びが悪くなると、歯の間に食片が入りやすくなり虫歯や歯周病の原因となり、歯を失う可能性が高くなります。さらに進行すると噛み合わせ自体も悪くなってしまいます。例えば上顎と下顎の位置関係が近くなってしまい、義歯やブリッジ、インプラントを行うために必要なスペースが無くなり、治療が非常に困難になることがあります。この場合、咬合挙上(かみ合わせの高さを調整する治療)が必要になるため、患者さんにとって大きな負担となります。
③全身の健康への影響
歯の欠損により咀嚼能力は低下します。噛むことが栄養摂取に大きく関わっているため咀嚼ができないと、栄養が偏り、全身の健康にも悪影響を及ぼします。また、近年の研究では、咀嚼能力の低下によりアルツハイマー病の進行が早くなる可能性や認知症のリスクが増加することも報告されています。
結論として、歯の欠損を治療しないことで生じる問題は多岐に及びます。歯並びの悪化、噛み合わせの問題、さらには全身の健康に対する影響など、様々な問題が考えられます。したがって、歯の欠損に対する適切な補綴歯科治療を受けることが、長期的な健康維持のために重要です。
補綴歯科治療において、しばしば保険治療と自費治療の選択を求められます。
まず、保険治療では基本的に自己負担分のみを支払えば良いので治療費は安くできます。一方では、使用できる材料や技術に制限があり、結果として審美性や強度、生体親和性において自費診療治療と比較して不利である場合が多いです。
例えば、有床義歯について言えば、保険治療では主に樹脂素材として使われますが、これに対して自費治療では金属床と呼ばれる金属製のフレームワーク(義歯の骨格に当たる部分)を選ぶことができます。金属床は剛性が高く、義歯の機能を向上させるだけでなく、義歯の形態を薄くしたり小型化できるため違和感が少なく、汚れにくいというメリットがあります。
また、クラウンについても、保険治療では金銀パラジウム製の金属クラウンや硬質レジン前装冠、硬質レジンCADCAM冠などが適用されています。一方で、自費治療ではジルコニアなどの高品質セラミックスや貴金属が使用可能です。これらは強度が高く、審美性にも優れ、口腔内で長期的に安定しています。
結論として、補綴治療において、審美性、生体親和性、機能性の面で、自費治療に使用可能な材料や技術は保険治療に比べて有利です。ただし、最終的にどの材料を選ぶかは、患者のニーズや予算、治療の目的に応じて、慎重に選ぶ必要があります。
大学病院には高度な設備と多くの症例経験があるため、複雑なケースや特別な配慮が必要な場合には大きな利点があります。また、最新の治療法の導入も早いため、最先端の治療を受けることができます。補綴歯科治療についても一般の歯科医院と比較してより専門性が高い治療を受けることができます。
しかし、補綴歯科専門医が勤務している歯科医院では、多くの場合、大学病院と同等の治療が受けられます。補綴歯科専門医は高度な技術と知識を持ち、患者に適切な治療を提供するために必要なトレーニングを受けています。そのため、補綴歯科治療受診の際には専門医がいるかどうか、参照されれば良いと思います。
良い補綴治療を受けるためには、歯科医院選びが重要です。以下のポイントに注意して選ぶとよいでしょう。
①補綴歯科専門医の有無
まず、先ほど申し上げましたが、補綴歯科専門医が在籍しているかどうかを確認することをおすすめします。専門医の認定は日本歯科専門医機構が行っており、補綴歯科専門医は、補綴歯科治療に関連した高度な専門知識と技術を持ち、患者のニーズに合わせた最適な治療を提供することができます。補綴歯科専門医であることは広告可能ですのでインターネットなどの媒体で確認することができます。
②説明とコミュニケーション
良い歯科医院では、治療の説明をしっかりとしてくれます。治療の選択肢やその結果について、患者が理解できるように丁寧に説明してくれる歯科医師がいる歯科医院を選ぶことが重要です。治療のプロセスや期待される結果、リスクなどを明確に説明してくれることで、患者は安心して治療を受けることができます。逆に、説明が不十分な医院は避けた方がよいでしょう。
これらのポイント以外に、最新の治療機器や技術の導入や大学病院との連携の有無なども参考になりますが、まずは、専門医の有無と説明の丁寧さに注目して歯科医院を選ばれたら良いと思います。一般に大学病院の補綴歯科専門外来は信頼性が高いですが、その数に限りがあります。地理的にすべての患者が通院できるとは限りません。個人開業形態の歯科医院にも補綴歯科専門医がいますし、その数は年々増えています。専門医情報は広告可能ですので確認できると思います。患者自身がしっかりと情報を収集し、信頼できる歯科医院を選ぶことで、最良の治療結果を得ることができます。
歯の欠損が引き起こす問題は多岐にわたります。単に食べられない、見た目が悪いといった問題だけでなく、栄養の問題や社会生活にも影響を及ぼします。さらに、認知症やフレイルに関連していることも報告されています。そのため、まず歯を失わないようにすること、そして不幸にも歯を失ってしまったら、早めに補綴歯科治療を受けることが重要です。
補綴歯科治療は、噛む能力を回復させるだけでなく、さらなる欠損を防ぐ役割も果たします。噛むことができるということは、健康を維持するために非常に重要です。歯を失ってしまうと、野生の動物は命を失います。私たち人間にとっても食べることは命を支える基本です。歯の健康を守るために、信頼できる歯科医院を受診し、適切な治療を受けることを強くお勧めします。