子宮内膜症という名前は、聞いたことがある方が多いと思います。現代では、生理のある女性の10人に1人の方が、子宮内膜症であると言われています。
子宮内膜症の症状としては、生理痛がだんだん酷くなってくるというのが、もっとも多いパターンです。子宮内膜症は、若い女性の方に多く発症するため、生理痛が悪化することは、日常生活を送る上で不都合が生じます。
子宮内膜症のもう一つの特徴として、不妊症の原因となるということが挙げられます。また、三つ目の特徴として、頻度は低いががんに移行するケースがあるということが挙げられます。
子宮内膜症の患者さんの推定数には諸説ありますが、200万人とも、800万人とも言われています。しかし、この中で実際に病院を受診される方は、ごく一部に限られます。
日本では、働く女性2673万人のうち、800万人が月経困難症という、生理が関係する疾患を患っています。そのうち治療を受けているのは、わずか10%に過ぎません。
ほとんどの患者さんは、鎮痛剤を服用することで、自分なりの方法で生理痛を解決しているのではないかと思われます。
たとえば、今年は一年前よりも生理痛が酷いという場合、あるいは、去年は鎮痛剤で痛みがそれなりに治まっていたが、今年はなかなか効かないという場合、かなり高い確率で、子宮内膜症を患っている可能性があります。
そのような経験をされている方は、一度婦人科を受診していただくことをお勧めします。進行して治療が必要になってから受診するより、早め早めに対処することが大切であると思います。
子宮内膜症が卵巣に起こり、月経血が卵巣に溜まって膨れる疾患を『チョコレート嚢胞』と呼びますが、その罹患者の0.7%が、卵巣がんを発症すると言われています。
卵巣がんは、年間当たり約一万人程度の女性に発症しますが、そのうち約半数は、子宮内膜症を基礎疾患として、がんを発症しています。残りの半数は、子宮内膜症とは全く関係なく、比較的短期間で卵巣がんを発症しています。
日本の場合、子宮内膜症を綿密に経過観察していくことで、かなり早期にがんを発見できています。
卵巣がんの場合、子宮内膜症が基礎疾患に有るか無いかに関わらず、まず大切なことは、手術でがんを完全に切除することです。これが、もっとも大切です。完全にがん細胞を消失させるため、手術後に抗がん剤を用いた治療を行います。
すなわち、手術と抗がん剤の組み合わせで、卵巣がんを治療していくという戦略をとります。
現在、私たちは卵巣がんに対し、臨床現場で、二つの分子標的治療薬を用いることができるようになりました。
一つは、2013年頃に使用可能となった薬剤で、ベバシズマブというものです。この分子標的治療薬は、腫瘍の血管が新たに発生するのを抑制する薬剤になります。血管上皮成長因子(VEGF)の働きを阻害し、異常な血管の増殖を抑えます。すなわち、がんを兵糧攻めにして、大きくさせないようにする薬になります。
一方、ごく最近、PARP阻害剤という、二種類目の新薬が使用可能となりました。がん細胞の中には、DNAを修復して元に戻ることができないタイプが存在します。そのようなタイプのがん患者さんに、PARP阻害剤を投与することで、がん細胞の修復を妨げ、がん細胞を殺していくという治療法です。
このような戦略を立てることができたため、その二つの薬剤をうまく使い分けていくことが、今後の私たち産婦人科医の役割だと思います。