ピロリ菌・除菌療法の功罪――胃がん予防になるのか

ヘリコバクター・ピロリ持続感染
胃がんの原因として、ヘリコバクター・ピロリ菌の持続感染が知られています。 原因であるピロリ菌を除菌する「除菌療法」は、慢性胃炎や胃十二指腸潰瘍などがある場合、保険診療で行われ、胃がん予防のために実施されています。 ところが、「除菌療法を行うと、胃がんが見つかりにくくなる」と、JA長野厚生連佐久医療センター 内視鏡内科の小山恒男先生は指摘します。除菌療法は、胃がん予防になるのでしょうか?

 

胃がんになりやすい人とは?

 

 

胃がんに特有の症状はありません。ですから、自覚症状から胃がんを見つけることは不可能でしょう。

ただ、胃がんを引き起こしやすい原因、つまり危険因子がわかってきました。

 

 

ヘリコバクター・ピロリ菌イメージ図

 

 

一番は「ヘリコバクター・ピロリ菌」というばい菌です。ピロリ菌を持っているかどうかは、血液検査でもわかりますし、検尿、検便でもわかります。

 

もう一つの危険因子は、「慢性萎縮性胃炎」です。これは、慢性胃炎が長く続いて、胃の粘膜が萎縮した状態のこと。

 

慢性萎縮性胃炎があるかどうかは、血液検査でもある程度わかりますが、内視鏡検査を受けていただくことが大事です。

 

胃がんを見つける最初の一歩は、自覚症状でも家族歴でもありません。

自分の胃袋にヘリコバクター・ピロリ菌がいるかどうか、慢性萎縮性胃炎があるかどうかを、検診を利用して一度調べることをおすすめします。

 

 

がんのステージと治療法

 

 

「胃がん」と一言でいっても、ごく初期のものから中等度のもの、進行したものまでさまざまです。そして、進行度(ステージ)によって治療法は変わります。

 

 

胃内視鏡治療の適応

 

 

胃の壁は5層構造になっていて、胃がんは、いちばん内側の「粘膜」に生まれます。

 

・5層のうちのどの段階まで浸潤しているのか

・リンパ節や肺、肝臓などに転移がないか

 

この2つの面から進行度(ステージ)を調べます。

 

胃の粘膜に留まっている、ごく初期の胃がんであれば、内視鏡を使った切除が可能です。

がんが粘膜を超えて深く潜っていると、外科手術を考えることになります。

 

さらに進んで、手術だけではがんを取り切れない場合は、手術後に化学療法(抗がん剤治療)を行うこともありますし、遠いリンパ節やほかの臓器に転移している場合は、手術は難しく、化学療法を行います。

 

 

内視鏡治療は2種類

 

 

内視鏡治療には、「EMR」(Endoscopic Mucosal Resection:内視鏡的粘膜切除術)「ESD」(Endoscopic Submucosal Dissection:内視鏡的粘膜下層剥離術)という主に2種類があります。

 

 

EMR(内視鏡的粘膜切除術)

 

 

EMRは、「スネア」という金属製の輪っかを使ってがんを切除する方法です。輪っかを引っかけてがんを引きちぎるというアバウトな取り方なので、精密な切除はできません。また、小さな胃がんに限られます。

 

 

ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)

 

 

一方、ESDは、内視鏡の先につけた専用の電気メスで、がんのまわりの粘膜を一周切って、粘膜下層で剥がす方法です。

この方法では星形、三日月形、半月型など、どんな形にも切れますから、がんの形に合わせてより正確に切り取ることが可能です。また、大きな胃がんでも切除することができます。

医者にとってはより高い技術を必要としますが、確実に病変を取ることができる点で優れています。

 

 

内視鏡治療は日本がリードしている

 

 

海外では今でもEMRのほうが主流ですが、日本では、より正確に大きな胃がんでも取れるESDという方法が圧倒的に増えています。

というのは、ESDは日本で開発された方法なのです。

胃の壁は3~4ミリほどで、粘膜は0.5~0.6ミリ程度しかありません。しかも、患者さんは呼吸をしているので、胃袋も動いています。

そのなかで、口から入れた内視鏡を使って、1ミリ未満のラインを正確に切ることは難しく、技術を持った医者でなければできません。

その点、日本人の医者はやはり器用で、海外の医者に比べて圧倒的に上手です。内視鏡治療の分野では、日本と韓国がリードしていると思います。

 

 

除菌療法で胃がんが隠れる⁉

 

 

「ヘリコバクター・ピロリ菌」が長期間胃の中にいて、慢性の炎症を起こすと、胃がんができやすいことが知られています。このことは間違いありません。

そのため、日本政府は、薬を使ってピロリ菌を除菌する「除菌療法」を強くすすめています。

ところが、除菌療法には負の側面があることが最近わかってきました。

 

 

ピロリ菌保有者に対する治療フロー

 

 

除菌療法を行って、胃袋の中からヘリコバクター・ピロリ菌がいなくなると、胃の環境がよくなるので正常な細胞がどんどん増えてきます。

一見、良いことのように思うかもしれませんが、もしもそこに検査では見つからない小さながんができていた場合、小さながんは正常な細胞に覆われてしまうのです。

 

 

隠れた胃がんが大きくなって見つかる

 

 

内視鏡検査では、がんがないかどうかを胃の粘膜の表面から見ます。

 

除菌する前にはがんがむき出しになっているので見つけやすいのですが、除菌したことで正常な細胞ががんを覆ってしまうと、がんが隠れて、がんの発見がかえって難しくなります。

 

内視鏡でどんなに詳しく見ても、見つけることのできるがんの大きさは、3ミリから5ミリ程度からです。がんは粘膜の真ん中あたりからできるので、3~5ミリ程度に育たなければ、表面に顔を出しません。

 

たとえば、3ミリのがんがあるのに、見つけることができず、そのまま除菌療法でヘリコバクター・ピロリ菌を除菌した場合、3ミリのがんは、きれいに覆われてしまいます。

そして、表面に出てきたときには5センチ、6センチのがんになっていた、深くに浸潤していた……ということが実際にあるのです。

 

 

隠れた胃がんは切除も難しい⁉

 

 

以前はヘリコバクター・ピロリ菌を除菌すれば、がんはできないと言われていました。ところが、これは間違いだったのです。むしろ、がんの早期発見が難しくなってしまう。

ですから、私は、除菌療法はあまりおすすめしていません。

 

また、たとえ胃がんを見つけて、「ESD」という内視鏡治療で切除しようとしても、がんが隠れていると、どこからどこまで切るべきかがわかりにくいのです。

表面にがんが出ていれば切るべき場所がわかります。通常は、がんの2ミリほど外側を切り取ります。

 

ところが、除菌療法後、正常な細胞に覆われると、半分隠れたり、ひどいときには8割ほど隠れてしまったりして、切除した部分の端っこ(断端)にがんが残ってしまうこともあるのです。

胃にヘリコバクター・ピロリ菌が見つかると、みなさん「除菌してください」とおっしゃいます。でも、功罪があることをよく理解した上で受けていただきたいと思います。

 

そして、すでに1千万人以上の方が除菌療法を受け、その中から胃がんが生まれてきていますから、なるべく早い段階で見つけなければなりません。