肝臓がんの治療に共通して言えるのは、肝臓がんの患者さんはもともと肝機能が悪い方が多く、あまり大掛かりなものはできないということです。
そのため、肝切除においても、体にやさしい、体へのダメージが少ない治療という意味で、腹腔鏡下肝切除(腹腔鏡手術)のメリットは非常に大きいのです。
ただし、肝臓は、腹腔鏡手術がもっとも適さない臓器だと、ほとんどの医師が思っていました。
なぜなら、肝臓は中身が詰まった臓器(実質臓器)で、いわば“血管でできたスポンジ”のような臓器なので、どこを切っても血が出るのです。
腹腔鏡手術は、直接手で触れて手術を行うわけではないので、出血しているところを押さえられないなど、動作制限があります。
そのため、肝臓は腹腔鏡手術が難しいと思われていました。
ただ、自分自身が肝臓の手術を長く行ってきたなかで、いろいろな気づきがありました。
とくに大きかったのが、生体肝移植に携わっていた頃、ドナー(臓器を提供する人)の方の負担を減らしたいとの思いから、小さく切開して腹腔鏡を併用して手術を行う「腹腔鏡補助下肝切除」を行ったことです。
腹腔鏡補助下肝切除を行ううちに、「肝切除は、じつは腹腔鏡が向いている」と気づいたのです。
理由は、2つあります。
1つは、肝臓は、肋骨に囲まれた臓器であり、開腹手術でお腹を大きく開けても視野が悪いということ。
そのため昔は「開胸・開腹すれば肝臓がいちばん良く見える」と言われていましたが、肋骨も切らなければいけませんし、体へのダメージはとても大きくなります。
その点、カメラを挿入する腹腔鏡手術では、肝臓の背中側にある静脈や副腎など、肉眼では見えにくい部分がハッキリと見えます。
この視野の良さが、肝臓の腹腔鏡手術の最大の利点です。
また、腹腔鏡手術では、お腹のなかに炭酸ガスを入れてお腹を膨らませた状態で手術を行います。
そうすると、お腹に一定の圧がかかり、肝臓からの出血が減るのです。
このことが2つめのメリットです。
私が大学を卒業した頃、肝切除に1、2リットルの出血を伴うのは当たり前で、ときには10リットルもの出血を伴うこともありました。
肝切除は、出血とのたたかいだったのです。
ところが、いま、肝切除を腹腔鏡手術で行うと、100cc以上出血することはまずありません。
こうしたことから、「肝切除は腹腔鏡手術のほうが優れている」と確信したのが、数年前です。そして、2014年には論文を発表しました。
さらに、肝臓の手術は腹腔鏡手術のほうが向いていることを世界の外科医を共有するために、腹腔鏡下肝切除の国際コンセンサス会議も開催しました。
今では、開腹手術よりも腹腔鏡手術のほうが優れていることを示すデータが国内外から次々と出ています。
たとえば、日本のデータでは、腹腔鏡下肝切除のほうが開腹手術よりも入院期間が短く、その分、総医療費が低くなることが明らかになりました。
まだ長期成績は出ていませんが、短期成績に関しては、腹腔鏡手術のほうが良いことは間違いないでしょう。
私自身、現在では、肝臓がんの手術の8割以上を腹腔鏡手術で行っています。
技術的に難しいので、安定した手術を行えることが大前提ですが、しっかりした技術があり、腹腔鏡手術に適さない患者さんは除外すれば、肝臓がん手術は腹腔鏡手術のほうが優れていると思います。