研究の道を志すようになったきっかけは、研修医として勤務していた頃に出会った、ある舌がんの患者さんでした。その方はわずか20代前半にもかかわらず、進行した舌がんのために舌と喉頭の全摘出手術を受けたものの、最終的には終末期医療へと移行せざるを得ませんでした。
「これほど若い方が、これほど過酷な治療を受けても救えないのか」という無力感から、「もっと良いがん治療薬や治療法が必要だ」と痛感し、研究の道へ進むことを決意したといいます。
來生先生は大学院時代からがんの浸潤・転移メカニズムの解明に取り組み、アメリカのFDA(米食品医薬品局)では分子標的薬の開発に携わりました。その後スタンフォード大学では、がんの再発に関与する微小環境の研究を行い、帰国後は口腔がんの難治性メカニズムを中心に研究を進めています。
そして現在、注目しているのが「歯周病」と「大腸がん」の関連性です。特に、「フソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)」という歯周病の原因菌に注目しています。
來生先生のチームは、大学の消化器内科と連携し、大腸がん患者に対して歯周病治療を3か月間実施し、治療前後で便・唾液・腫瘍組織に含まれる菌の変化を調査しました。
その結果、歯周病治療がうまくいった患者では、便中のフソバクテリウムが有意に減少。一方、治療効果が乏しかったケースでは菌の量に大きな変化は見られませんでした。唾液や腫瘍組織中の菌は大きな変化を示さなかったものの、腫瘍の進行に伴って便中のフソバクテリウムが増える傾向が示されました。
この研究は、「口の中の状態が腸内環境に影響を与えている可能性」を強く示唆する重要な発見でした。
フソバクテリウム・ヌクレアタムは、口腔内で非常に中心的な細菌です。他の細菌を集めてバイオフィルムを形成しやすくし、さらに酪酸を生成して口臭の原因にもなります。
またこの菌は、FadAという分子を介して細胞との結合を促し、腫瘍の発生や増殖を助ける可能性が報告されています。つまり、歯周病菌が単なる「歯の病気の原因」ではなく、「がんの引き金にもなりうる存在」であることがわかってきたのです。