乳がんのサブタイプには、4つあります。
「ホルモン受容体」が陽性か陰性か、「HER2(ハーツー)」が陽性か陰性か、という4つです。
乳がんのなかには、女性ホルモン(エストロゲン)を取り込む受容体(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体)を持ち、女性ホルモンを取り込むことでがん細胞を増殖させていくものがあります。
これが「ホルモン受容体陽性」で、このタイプの乳がんには、エストロゲンの働きを抑える薬を使う「ホルモン療法」の効果が期待できます。
一方、HER2とは、細胞の増殖に関係しているタンパク質のことです。
正常な細胞にも多少は存在しますが、HER2が過剰にあると、細胞の増殖がどんどん進み、がん化しやすくなります。
HER2が過剰に出現している「HER2陽性」タイプの乳がんは、増殖スピードが速く、転移や再発が起こしやすいと考えられ、HER2タンパクを狙い撃ちする分子標的薬を用いた治療が行われます。
このように「乳がん」と一言で言っても、それぞれに異なる特徴を持っています。
その特徴に合った最適な治療をしていこうという考え方を「プレシジョン・メディシン(精密医療)」と言い、薬物治療を中心に、今、研究が進んでいます。
前述した4つのサブタイプに分けて、乳がん治療を行っていくというのも、その一つです。
また、「免疫チェックポイント阻害薬」という薬があります。
体内にがん細胞ができると、本来は、免疫細胞が見つけて、がん細胞を攻撃します。
ところが、がん細胞は、免疫細胞の働きにブレーキをかけて、免疫細胞の攻撃から逃れていることがわかってきました。
そのブレーキをかける部分を「免疫チェックポイント」と言い、ブレーキ役の免疫チェックポイントを阻害して、免疫細胞にしっかり攻撃してもらおうというのが、免疫チェックポイント阻害薬です。
すでに悪性黒色腫や非小細胞肺がんなどの治療に使われていますが、乳がんでも臨床試験が行われています。
とくに、2種類あるホルモン受容体のいずれも陰性、HER2も陰性という「トリプルネガティブ」と呼ばれる乳がんの新たな治療法として期待されています。
先ほど、乳がんは4つのサブタイプに分けて治療が行われると紹介しましたが、遺伝子レベルでは20通り以上に分かれることがすでにわかっています。
現状では、それぞれに対応する薬、治療法がまだ明らかになっていませんが、研究が進めば、薬の使い方、治療の仕方が変わってくるでしょう。
そうすると、「その方にとって不要な薬、不要な治療がわかる」ということにもつながります。
医療界では、今、「デ・エスカレーション」という考えも注目されています。
これまでは徐々に薬や治療を増やしていった「エスカレーション」の時代でした。
これからは、要らない治療は省いていく「デ・エスカレーション」の時代に変わっていくということです。
顕著なのが、手術です。
昔は乳がんになったら乳房を全摘するのが一般的でしたが、今では、乳がんが広範囲に広がっていなければ、がんがある部分のみを切除する乳房温存術が標準治療になりました。
また、脇のリンパ節も、すべて取るのではなく、センチネルリンパ節に転移がなければ取らないのが一般的です。
同じように、放射線治療や薬物治療においても、デ・エスカレーションの考えが広がっていくでしょう。
その方にとって必要最小限の治療で、副作用は最小限に抑え、最大限の効果を出す――。そういう時代が近い将来くると思います。